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東京地方裁判所 昭和35年(レ)33号 判決 1960年10月29日

判決

東京都港区芝三田小山町二番地

控訴人

桑島弘太郎

右訴訟代理人弁護士

関原勇

根本孔衛

千葉県長生郡一ノ宮町東浪見六一〇五番地の二

被控訴人

長谷川秀治

右当事者間の昭和三五年(レ)第三三号

請求異議事件について次のとおり判決する。

主文

原判決を取り消す。

被控訴人(申立人)と控訴人(相手方)との間の東京簡易裁判所昭和二八年(ニ)赤羽第九七号家屋賃貸条件協定調停事件について昭和二八年一二月一四日成立の調停調書に基づく強制執行はこれを許さない。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

本件について当裁判所が昭和三五年一月二二日なした強制執行停止決定はこれを許可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一ないし第三項と同旨の判決を、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は

控訴代理人において請求原因として

一、被控訴人(申立人)と控訴人(相手方)との間の東京簡易裁判所昭和二八年(ニ)赤羽第九七号家屋賃貸条件協定調停事件において同年一二月一四日次のような調停が成立し調停調書が作成された。

(一)  被控訴人はその所有して調停外渡辺とめに賃貸し、右渡辺が移転料金七五、〇〇〇円を得て賃借権を放棄して既に退去した建物即ち東京都港区芝三田小山町二審地所在木造瓦葺二階建居宅兼店舗一棟建坪九坪七合五勺ほか二階一〇坪三合七勺のうち階下を次項以下の条件で昭和二八年一二月一日より控訴人に賃貸し、右階上は使用貸とし、控訴人はそれぞれ賃借使用することとする。

(1)  期間は三ケ年

(2)  家賃は月額六、〇〇〇円毎前月末日限り取立て前払いとする。

但し賃料額は改訂を妨げないものとする。

(3)  控訴人は被控訴人の書面による承諾を得ることなく賃借権、使用権を他に讓渡したり、また貸したり、同居人(但し妻の弟妹各一名は認める)を置いてはならない。

(4)  右同様造作模様替をしてはならない。

(二)  控訴人が第一項(2)所定の家賃金の不払い額が一八、〇〇〇円に及んだとき、或は第一項(3)同(4)の各項違背をした場合そのいづれでも賃貸期間にかかわらず被控訴人からの通知催告をまつて、第一項の賃貸、使用貸借の解除と明渡の請求、執行をされても異議ないこと。

(三)  本件調停手続費用は各自弁とすること。

二、右契約は三年の期間経過によつて更新され、昭和三一年一二月分以降被控訴人は異議なく賃料を受け取つていたところ、昭和三二年一二月分以降六ケ月間の賃料滞納を理由として昭和三三年六月二六日右調停調書に基いて執行文の付与を受け明渡の強制執行に着手しようとしている。しかしながら次の理由によつて右調停調書に基づく強制執行は許されないものである。

三、右調停調書に定める条項は前記のとおりであつて、これによれば、被控訴人は控訴人に対し家屋を三年間賃貸又は使用貸することを定めたもので、三年の経過によつて明渡をなすことについて何も言及していないので、仮に賃貸借又は使用貸借が三年の経過によつて終了したとしても明渡の執行力を有するわけはない。

次に右契約は前記のように更新されて期間の定のないものとして存続しているのであるが、右調停調書の債務名義たる明渡の執行力は前記調停条項(二)に記載の解除を原因とする場合に限られるものであるところ、この債務名義は三年の契約存続期間中にのみ認められるものであつて、契約が更新された場合には更新後の契約に関しては債務名義は及ばないものである。

即ち三年の経過によつて債務名義は終了したものであるので、その後の契約解除を理由とする明渡請求について、右調停調書に基づく強制執行は許されない。

四、仮に右の理由がなく賃料遅滞による契約解除によつて本件家屋の貸借契約が終了したとしても、被控訴人は執行文の付与を受けた後間もなく延滞賃料を異議なく受領し、契約解除を撤回して契約の存続を承認した際、右調停調書に基づいては強制執行をしない旨合意した。

よつて調停調書に基づく強制執行の排除を求めると述べた。

被控訴人は答弁として

控訴人主張事実に対し

一に記載のとおりの調停調書が作成されたことは認めるけれども貸借契約は三年の経過によつて終了する合意であつた。

二の事実中賃料の支払がなされたこと及び執行文の付与を受け強制執行に着手したことは認める。

しかし賃貸借契約は更新拒絶によつて三年の経過により終了した。

即ち被控訴人は控訴人に対し期間満了の六ケ月前である昭和三一年五月三〇日発信の書留郵便によつて更新拒絶の意思表示をなし、その通知はその翌日控訴人に送達された。右郵便は被控訴人の現住所である一の宮町から控訴人の肩書住所宛に発せられたが、通常その翌日到達する距離にある。右更新拒絶は被控訴人の自己使用の必要を理由とするものであつて、正当理由を有する。即ち被控訴人は高等学校の教師を昭和二一年一〇月退いて以来肩書被控訴人所有家屋に居住し、恩給と家屋周辺の僅かな土地を耕作して生計を営んでいたが、上京の上本件家屋に居住し適当な職(就職先の当はなかつたが)に就くつもりであつた。そして右拒絶申入当時被控訴人の長男長谷川秀明(当時三二才)夫婦とその子の三人が横浜市鶴見区小野町所在の石川島芝浦タービンの寮に居住していたが、この地域は子供の教育上環境不良のため被控訴人夫婦と長男家族は本件家屋で同居する必要に迫られていたのである。なお被控訴人は上京後現住家屋を近所の者に留守居をさせて被控訴人らの別荘として使用する予定であつた。

次に控訴人は昭和三二年一二月分から昭和三三年五月分までの賃料の支払をしないので、被控訴人は控訴人に対し昭和三三年五月二日付書面をもつて右延滞賃料を同年同月一二日までに支払うこと、右期日までに支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の催告と条件付契約解除の意思表示をした。そして右書面はその当時控訴人に到達したがその支払がなされなかつたので、賃貸借契約は(階上の使用貸借が存続しているとすれば、これと同時に使用賃借も)同月一二日の経過によつて終了した。よつて契約終了を理由として執行文の付与を受けたのである。

三の主張に対し調停調書に定める賃貸契約が更新によつて存続する以上債務名義は依然存続するわけであつて、右執行文の付与は正当のものである。

四の主張に対し契約解除までの延滞賃料を解除後受け取つたことは認めるけれども、その後の賃料は受け取つていない。その余の事実は認めない。

控訴代理人は右主張に対し

更新拒絶を記載した郵便を受け取つたことはないし、正当事由を有するとの点は認めない。

なお被控訴人の長男が鶴見区に居住していること、被控訴人が恩給を支給され現住家屋を所有していることは認めるが、被控訴人親子が本件家屋に居住することは事実上不可能である。即ち本件家屋は商店街にあつて住宅向でなく、店舗が間口二間奥行二間半の土間、他に二坪半の作業用土間があり、階下に二畳の間と階上に四、五畳の室が二間あるに過ぎない。そして控訴人は夫婦と子供一人、控訴人の母の四人家族で菓子製造販売業によつて生計を立てていて他に格別の資産はなく、本件家屋を失うことは生活の脅威であるので、更新拒絶が仮になされても正当理由はない。

被控訴人は右主張に対し

控訴人の営業、家族の居住、本件建物の間取は認めるがその余の事実は認めない。

と述べた。

証拠関係(省略)

理由

控訴人主張のような調停調書が作成されたことは当事者間に争がないので、右調停条項に記載のような調停が成立したものと推認するのが相当である。

被控訴人は右調停において当事者間に三年の経過によつて賃貸借及び使用貸借が終了する旨の合意が成立したと主張する。しかし仮にその合意が成立していたとしても期間満了による明渡について調停調書に何等の記載がないから、賃貸借について、かかる合意の有効無効を論ずるまでもなく右調停調書によつてはその明渡請求につき執行力が発生すると認めるに由ない。

なおまた被控訴人は更新拒絶によつて三年の期間満了と共に賃貸借契約は終了したと主張する。仮に右更新拒絶が正当理由に基づくものであつてその主張のとおり契約が終了したとしても、右と同様調停調書にかかる場合の明渡文言がない以上明渡について執行力が生ずるものということはできない。

次に調停によつて家屋を三年間賃貸又は使用貸する旨約束し、賃料の延滞等の事由あるときは契約を解除し、明渡を請求し得る旨定めた場合において、明渡について執行力が生ずるのは右の三年の期間内に限られるものと解するのが相当である。

即ちかかる場合の明渡に関する債務名義は三年の期間に限られるものであつて、調停に定める賃貸借契約が更新され期間の定のない賃貸借契約として存続するに至つたとしても、調停調書に基づく債務名義が更新されて延長するものと解すべきではない。何となれば、かかる債務名義の存続期間はその調書の記載自体によつて決すべきであつて、法律に別段の根拠のない以上私法上の賃貸借契約の更新による存続と公法関係たる債務名義の存続期間の延長とは性質上同質のものとは解せられないし、また必然的に表裏一体の効力を存続すると解すべき理由がないからである。

してみれば、右調停調書に基づく債務名義は三年の経過によつて終了したものというべきところ、被控訴人において賃貸借契約が更新によつて存続する限り右調停調書に基づく債務名義にも存続するものとして、その調停条項の定めるところにより執行文の付与を受けたのは(この執行文の付与は当事者間に争がない)理由のないものといわざるを得ない。

よつて調停調書に基づく強制執行の排除を求める控訴人の本訴異議を正当として認容すべきであり、これと趣を異にし控訴人の異議を排斥した原判決は不当であるのでこれを取消すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、強制執行停止決定の認可と仮執行宣言について同法第五六〇条、第五四八条に則り主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二三部

裁判長裁判官 西川美数

裁判官 佐藤恒雄

裁判官 野田宏

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